©Kaz Nagatsuka
彼が就任して蒔いた種は、あるいは現在でもまだ「芽吹いた」という段階かもしれない。
それが蒔いた張本人である彼の指導の下、どこまで茎を伸ばし、葉を大きくし、そして究極的には大輪の花を咲かせるところに近づけるのかを、平易な言葉ながら、見たい。
先月末に男子日本バスケットボール代表ヘッドコーチとして再任が決定したトム・ホーバス氏が11月5日、東京都内のホテルで日本バスケットボール協会の三屋裕子会長とともに記者会見に臨んだ。
1次ラウンドで3連敗に終わったパリ大会が終わり、しばらくはバスケットボールのことを考えもしない時間を過ごしながら、疲弊した心身の慰労に務めたというホーバスHCだが、三屋会長を始めとする協会から「まだまだいろいろできる」のだという言葉に続投を決意したという。
「まだまだいろいろできる」というのは、確かにそうかもしれない。
女子日本バスケットボール代表のヘッドコーチとして銀メダルを獲得した東京オリンピックが終って、トム・ホーバス氏が今度は同国の男子代表の指揮官となってから3年。チームは今夏のパリ大会で、自力では48年ぶりのオリンピック出場を果たした。
2028年のロサンゼルス大会に出場する保障は、ない。が、仮に再び出場のための切符を手中にするとしたら、ここから4年という時間ができることとなる。
3年前にホーバスHCが男子日本代表の指揮官に就任してから着手したことは、サイズのない日本に合ったスピードと3Pを多用するプレースタイルのみならず、世界と伍して戦うことのできるチームにするための文化を根付かせることだった。
それは、自分たちのバスケットボールを心から信じてやり続けることであり、練習から激しく体をぶつけ合い、試合ではむしろ自分たちのほうから体をぶつけつつ、空いたら積極的にシュートを打つような、一歩も引かない戦いぶりを披露するといったことだった。
しかし、文化とは継続があるからこそ根を下ろしていくものであり、それには時間がかかるものだ。ホーバス氏が着任した当初は、東京オリンピックに出場した大半の選手たちが、おそらくはモチベーションの低下といった理由から、彼の代表活動招集に応じず、新たに選手を見つける作業から入らねばならなかった。
そのために、Bリーグを中心に数多くの選手を招集した。合宿に呼んだだけでなく、FIBAワールドカップ・アジア地区予選のウインドウやアジアカップなどの実戦でも彼らの力量を見極めるために試しもした。それゆえに、ホーバスHCがやろうとしているバスケットボールを真の意味で遂行し始めるのには、時間がかかった。
「日本代表のスタンダードは上がったし、選手たちについてはもはや何も心配をしていません」
ホーバスHCが自身のチームや、トライアルを生き残ってきた選手たちについてこのような趣旨のことを口にしたのは、2023年のワールドカップから半年前の、アジア地区予選の最終ウインドウのことだった。
結果、ワールドカップ本番で日本は3勝をあげ、アジア勢1位となってパリオリンピックへの出場を決めたが、ホーバスHCがこのタイムテーブルを描いていたとは考えにくい。
それは、会見での彼のこのような言葉からもうかがえる。
「男子代表のHCになってどれくらい難しいチャレンジかと思っていましたが、思ったよりも難しいものでした」
しかしホーバスHCは、「1期目」に通らねばならなかったような文化を根付かせるという根気の要る作業を、「2期目」に入るにあたってもはや一からこなす必要はない。
先般、今月末に行われるFIBAアジアカップ予選ウインドウ2へ向けての合宿に招集された候補選手が発表された。選出23名の内訳は、富樫勇樹や渡邊雄太(ともに千葉ジェッツ)や比江島慎(宇都宮ブレックス)、ジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)、吉井裕鷹(三遠ネオフェニックス)といったパリオリンピックに出場した選手がいれば、大浦颯太(三遠)や脇真大(琉球ゴールデンキングス)、中村拓人(広島ドラゴンフライズ)といったこれまで代表に縁遠かった選手たちがリストに名を連ねている。
東京オリンピックに出場した選手たちの何人からは「辞退」をされてしまったが、パリのメンバーたちと直接話をしたというホーバスHCは彼らから「やりたいという気持ち」(ホーバスHC)をもらったという。
そして「1期目」開始直後ほどではにしろ、選手を探す作業は続く。今回の代表候補名簿には1期目で幾人かの馴染みの名前がなかった。が、彼らは見切られたわけではない。
ホーバスHCはこう語った。
「例えば今回は西田(優大、シーホース三河)を呼びませんでした。彼のことはすごく好きですが、彼のバスケットボールはもうわかっています。(それよりも)違う選手が見たい。中村とか若い選手たち、今まで呼んでいない選手たちを見たいのです。オリンピックメンバーが5、6、7人がいますから、新しいメンバーたちもすぐにうちのバスケットボールを覚えて、早くそれができるようになります」
再度、W杯でアジア勢トップとなってロス五輪を目指す
©Kaz Nagatsuka
パリオリンピックでの3連敗という面恥は、オリンピックでしか返せないのだとしたら、当たり前ではあるが再び、オリンピックに出なければならない。
ロサンゼルスオリンピックでの出場権を得るには、日本は2027年のカタールでのワールドカップでアジア勢最上位となるか、オリンピック直前に開催の世界最終予選で勝ち残る必要がある。
日本がオリンピック切符を得るためには、ワールドカップでアジア勢1位となることがもっとも現実的だ。2023年のワールドカップではホスト国の1つ(フィリピン、インドネシアとの共催)であったにもかかわらず、予選ラウンドの組み合わせ抽選においては、当時、世界ランキングが36位だった日本は下から2番目のポット7(フィリピンはポット1だった)とされてしまい、オーストラリア、ドイツ、フィンランドと強敵ばかりの組に組みこまれてしまった。
現在の日本のランキングは21位であるため、仮にこのままワールドカップの抽選に入るとすればポット4、5あたりとなるだろうか。いずれにしても、1つでも上のポットに入っておけばより高いレベルの国との対戦を避けられる。重要なことだ。
もっとも、ランキングが上になってくると上にはより強敵がいるわけで、順位を上げることが容易ではなくなってくる。現状で、日本が戦うワールドカップ地区予選では日本より上のランキングの国はオーストラリアしかいなくなってしまったし、またアジアカップで優勝をしてもランキングに反映される査定度は、ヨーロッパ選手権やアメリカズカップと比べて低い。
つまりは、アジア地域の中で戦う中でランキングを上げるのは至難で、日本にとってはワールドカップやパリオリンピックといった世界大会に出て、厳しい相手に勝つことで自分たちを証明するしか当面は、ランキングを上げる手段はないといったところだ。
ホーバスHCもその点については重々承知しているようだが、2023年ワールドカップ、パリオリンピックを通してランキングを上げてきたことの重要度を強調する。
「ヨーロッパ(選手権)だと上がりますが、アジアカップで優勝しても(ランキングは)そんなに上がりません。でも、アジアカップで優勝してランキングが19位になったら(ワールドカップの抽選では)日本はより良いグループ(ポット)に行けますよね。オリンピックが終ってから21位になりましたが、これくらいのランキングになるとワールドカップに出る時に間違いなく上のティア(階層)になるので結構、大きかったと思います」
しかし、ホーバスHCが気にかけるのはランキングを上げることではない。日々、良いチームを作って、試合に勝ち続け、その暁にランキングが上がっていることを望む、といったスタンスだ。
日本を世界で戦える軍団にしたホーバスHCが、戻ってきた。
けっして潤沢だったとはいえない3年という期間でも世界に挑戦できるまでになった日本代表が、次の4年でどこまでやれるのか、見ものだ。