©Kaz Nagatsuka
愛憎入り交じる、とするのはおそらく大げさなのだろう。しかし、藤井祐眞にも、彼を知る川崎ブレイブサンダースの面々にとっても、この試合を普段と寸分たがわぬ気持ちでプレーができたかといえば、そうではなかったはずだ。
9月23日。群馬県太田市のオープンハウスアリーナで行われた天皇杯2次ラウンドで、藤井が今シーズンから加入した群馬クレインサンダーズと川崎が対戦し、最大10点差をつけられながら挽回した群馬が99-83で勝利し、次ラウンドへ駒を進めた。
藤井と古巣の対決という図式は、川崎がというよりもメディアや川崎のファンたちの頭の中に巣くっていたのではないか。
「ああ、明日、川崎か……」
前日に群馬も川崎も勝利し、この日の対戦が決定してから試合までの心のうごめきのようなものはあったのかと問われた藤井は、そのように語った。
「早いな、じゃないけど、いきなり川崎とやるのかみたいなのは正直、ありました。対戦が決まった時には『いきなり川崎か……。でも今までもバスケ違うし、どうなんだろう』と思いながらだったんですけど、いざ試合をやるとなった時にはもう自分の(プレーに)集中してという感じでした」(藤井)
会場は群馬が普段から本拠とする場所だっただけに当然、群馬の背中を押す声援のほうが大きかったのだが、川崎のファンも少なからずスタンドを埋めた。
そこに足を踏み入れることに憂懼(ゆうく)のようなものはなかったのか聞かれると、藤井は虚勢を張るでもなくこう返した。
「そうですね。怖さはもちろんあったというか、何か言われるんじゃないか、ブーイングみたいなのがあるんじゃないかとも思ったんですけど、(僕の)川崎の時のタオルとかを持ってきてくれて掲げてくれている方もいて、本当にうれしかったですし、ブーイングが来るんじゃないかという時にそうしていただいたので、すごく、素直にうれしかったです」
©Kaz Nagatsuka
試合が始まると、藤井は篠山竜青とマッチアップする。3つ年長で川崎でガードとして切磋琢磨してきた選手との対峙は演出でもなんでもなく、同じポジションで互いに先発出場だったからにほかならない。
もっとも、試合前のミーティングで映像を確認する際、藤井は川崎のそれを見ることに奇妙な感覚を覚えた。至極当たり前の話だが、対戦相手のスカウティングとしての川崎を見たことなど、それまでなかったからだ。
「自分はいないけど、ちょっと自分を探しちゃうような、そういう不思議な感覚ではありました」(藤井)
映し出される映像の川崎のユニフォームを着た選手たちの中に、自分はいない。移籍が発表されたのは6月半ば。とっくに気持ちは群馬へとシフトしていたはずだとはいえ、自身のいない映像を見たことで、藤井の気持ちの中で「これで自分はもう完全に川崎の人間ではなくなった」という思いが去来したのかもしれない。
群馬に移っても、コート上の藤井は藤井だった。川崎戦では3P、4本成功を含む、19得点、5アシスト。ターンオーバーはゼロ。勝利の一端を担った。2021-22のBリーグMVPは、タレントを揃えた新天地でも主力のガードとして攻守で活躍しそうだ。
藤井をめぐって醜聞がメディアを騒がせた。移籍にそれがどこまで関わりがあったのか、わからない。わからないから、触れるのはこの程度にしておく。
ただ、ソーシャルメディアで何かもの申すならば、会場で彼に思い切りブーイングをぶつけてやったほうが、スポーツらしくはないか。