ニック・ファジーカスが怒りと無念を表した日
2023-24シーズン限りでユニフォームを脱ぐ川崎ブレイブサンダースの絶対的エースは、2019年のワールドカップ出場へ向けて窮地に陥った日本代表を救った「メシア」となった。だが、その救世主も東京オリンピックへの出場は叶わなかった。その当時の彼の胸中はいかなるものだったのか。
川崎ブレイブサンダースニック・ファジーカスが、2023-24シーズンをもっての引退を表明した。
38歳のファジーカスはブレイブサンダースで長年、大黒柱を務めてきただけではなく日本代表でも活躍し、アジア予選で0勝4敗だったチームに入ると8連勝を収め、2019年のワールドカップ出場に貢献した。
いや、貢献したと形容だけでは足りないだろう。同ワールドカップは、2020年の東京オリンピック(のちに新型コロナウイルスのまん延で1年延期となる)で自国開催枠を得るために必ず達成しなければならないものだった。つまりは、同ワールドカップと東京オリンピックへの出場は対となっていたのだ。
日本は今年のワールドカップで同大会では史上始めてヨーロッパの国(フィンランド)を破るなど3勝を挙げ、来夏のパリオリンピックへの出場権の獲得に成功したが、2019年大会と東京オリンピックという2つの世界大会を経験していなければ、同じ結果を求めることは現実的ではなかったのではないか。
引退の表明をした日の会見でファジーカスは「止まりかけていたボールを転がし続けることができたんじゃないか」と、自身の代表への貢献について聞くと柔和な笑顔でそう答えた。今年のワールドカップでの日本の躍進についても触れ、現在、帰化選手としてプレイするジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)について「とれもすばらしい仕事をしているし(自分のように)チームに自身を与えている」と評した。
そんな普段は穏やかなファジーカスも、日本代表の活動について語気を強めた時があった。それは2019年末にライアン・ロシター(当時は宇都宮ブレックス、現アルバルク東京)が帰化をした際だった。
上述したように、2019年のワールドカップ出場にファジーカスの貢献はあまりに大きく、彼としてはそのまま東京オリンピックへの出場を見据えていた。しかし、ロシター(そして2020年初頭には当時千葉ジェッツ所属で現宇都宮のギャビン・エドワーズがやはり帰化を果たし同オリンピックに出場している)の帰化が降り、状況は一変してしまった。
2019年ワールドカップへ日本を連れて行ったのは自分なのだから、無条件で自分を選ぶべきだと言っていたわけではない。代表合宿等でしかるべき競争があるならば望むところだということだったのだ。
だが、ファジーカスの口ぶりからすると、2019年の夏の段階で当時の日本代表ヘッドコーチだったフリオ・ラマス氏から、オリンピックでは彼を起用しない旨を伝えられていたのだろう。ロシターの帰化直後に話を聞いたときのファジーカスのぶつけようのない怒りと無念さの入り混じった話しぶりは、今でも記憶に強く残っている。
自分の中ではまだ彼(ロシター)よりもいい選手だと感じている ――。ファジーカスはそう語った。長年取材してきた中で、彼が表した最も大きな「自負」はこの時ではなかったかと思う。
ファジーカスの最後のシーズンが、まもなく始まる。彼としてはただ「花道を作ってもらう」だけの1年にはしたくないはずだ。川崎で"The King"呼ばれてきた誇り高き男は、Bリーグでは果たせていないリーグ王者という形でコートを去ることを狙っているに違いない。