Kaz Nagatsuka photo
大学でのプレーを経て筋肉がついたはずなのに、試合後、椅子に座って取材に応える米須玲音の体はどこか小さく見えた。
そしてこの日の彼の声もまた、小さかった。
「自分も交代から入って、気持ちのところで負けていたかなと思っていますし、先述どうこうよりメンタル面で負けてしまった。自分はまだ経験も足りないですし、もっと気持ちから入ってやっていけばこういう試合展開にはならなかったのかなと思っています」
年が明けて初の試合となった1月4日の仙台89ERS戦で、米須の川崎ブレイブサンダースは攻守にわたって良さを出せず、82-61で力なく敗れた。
特別指定選手として4年ぶりに同軍へ加わった21歳は、年末の茨城ロボッツとの試合で10アシストと卓越したアシスト能力を早くも示したものの、この日の米須は仙台のフィジカルなディフェンスに苦戦し、司令塔としてチームに流れをもたらすことができなかった。
仙台の落合嘉郎ヘッドコーチは、茨城戦での米須のプレーぶりが自軍にとって「すごくいい教材」になったと話した。川崎戦に入るにあたって、彼らが米須に対してのスカウティングを施して臨んだことがうかがえた。
もっとも、川崎としても仙台が「ガードをつぶしてくる」(米須)という予測は立てていた。Bリーグの審判が多少の体のぶつけ合いではなかなか笛を吹かないことはじわじわと知られてきているが、米須が今後、その才を伸ばしリーグ屈指のポイントガードへと成長していくためには、相手から激しく守られる中でも自身の力を出せるようにしていくことが肝要となってくる。
頼もしいのは、米須の足が地についていることだ。先述の茨城戦での10アシストも「初めて出てスカウティングをされていない中でやれていた」だけだと静かに振り返っている。
川崎のロネン・ギンズブルグHCの米須に対する評価は高く、戦力をみなしている。仙台との2戦ではともに第1Q半ばにコートに送られていることや、一定程度の出場時間を得ていることがその証左だ。
期待の大きさは米須も当然、感じているはずだ。仙台との初戦で相手ディフェンスの圧に負けて思うようなプレーができなかったことで「落ち込んでいた部分があった」という彼の言葉は、責任感の表れである。
目下のところの米須は、プロの壁に当たっているというところか。
だが川崎のベテラン司令塔、篠山竜青はそういった壁が連続するのは当然のことだという。
言うまでもなく、かつての篠山にも乗り越えるべき連続した壁があった。若い選手の調子の波はえてして大きい。篠山にも「いろんな守り方をされて活躍できるときもあれば、全然、何もできない時もあれば」という時期があった。しかし、そうした波も学びの「課程」の一部だ。篠山もそうした時期があったからこそ「成長してこられた」(篠山)。
米須が特別な才能であることを、篠山も認めている。だからこそ、小さく収まるのではなく将来を見据え、様々な経験を経つつ時間をかけて「スペシャルな存在」(篠山)になっていってほしいと、温かな言葉を贈る。
「こういう表現が正しいかわからないですけど」
篠山が、米須についての話を始める。
「(現状の川崎に)チャンピオンシップ(CS)に行けるとか優勝するとかっていうプレッシャーがない状況で、なかなかチームとしてうまく行っていない、負けが先行しているっていうのはもちろん、すごく苦しい状況ではあるんですけど、(米須のような)入ってくる選手にとってはめちゃくちゃ気が楽になる要素だと思うんです。
これは辻(直人、現・群馬クレインサンダーズ)やハセ(長谷川技、2人とも2012-13シーズン、前年にJBLで最下位だった東芝ブレイブサンダースに入団している)が入ってきた時の状況にもに似ているものがあると思うんですけど。だからこそ気楽に、『勝たなきゃ』とか『ミスできない』っていうことじゃなくて、とにかく自分自身がこのBリーグでどうやって違いを見せていくかとか、スペシャルな存在になってくかっていうところにフォーカスして突き進んでくれればいいなという思いだけです」
米須は篠山にとって日大の後輩でもあり、気にかけないはずがない。だからといって、手取り足取り指導をしたり、助言を与えたりということは特段しないと、トップリーグ14年目の熟練はいう。
「自分にも壁はありましたけど、誰かに言われてとか誰かがこうしてって言うからっていうところじゃなくて、自分のフィーリングとか自分の武器はこうだからっていう”軸”がないと、苦しくなった時によりどころがないというか。それは自分も苦しみましたし、北(卓也、前川崎HC)さんに厳しく叱咤されましたが、軸は自分で作らなきゃいけないものじゃないかとは思います」
米須は、日本大学を15年ぶりの優勝に導びき、自身も大会最優秀選手賞を受賞した12月のインカレ(全日本大学バスケットボール選手権大会)終了後、特別指定選手として川崎に合流した。東山高校3年生時の2021年にも短期間活動に加わっていた川崎に、4年ぶりに戻ってきたことになる。
満を持しての、プロとしての旅立ちと言っていい。北GMは米須の入団に際して「将来的には川崎の中心選手になってほしい」と述べている。そのことは多くの川崎ファンたちの総意でもあるだろうし、そして米須自身もその気概を持っているはずだ。
だが、これから大小の壁が立ちはだかるのは間違いない。米須がそれらを乗り越えていく様を見ることは、川崎というチームを見続ける上で必須の作業に思える。