©Kaz Nagatsuka
三遠ネオフェニックスに今年、吉井裕鷹が移籍してきた。同軍の大野篤史ヘッドコーチは、自身の指揮するチームに迎え入れたいと4年間、彼を説き伏せようとしてきたそうだ。それが実ったということになる。
吉井の名前が広くバスケットボールファンに知れ渡ったのは、2022年の夏にトム・ホーバスHCの男子日本代表チームに招集されてからという認識で間違ってはいないだろう。当時の吉井は、所属のアルバルク東京で出場時間の限られた控え選手でしかなく、その名が全国的なものだったかといえば、到底、そうは言えない存在だった。平易な言い方をすれば、無名だった。
そんな彼の才を見抜き代表へ引き上げたホーバス氏もそうだが、大野HCにしても4年前から吉井のことを誘っていたというのであれば、それは同選手が無名中の無名だった頃からそうしていたということになるから、やはり確かな「目」を持っていたということになる。
「ずっと、声をかけてくださって、本当に嬉しいことです」
9月24日のBリーグ・ティップオフカンファレンスでそのことについて問われた吉井は、そう話した。
吉井は目標や目指すところを聞かれても、あくまで每日の積み重ねの末にそこに到達するものだという考えの人間だ。いや、本心はわからない。目標はあるのかもしれないが、それを他人に話す必要がないと考えているふしがある。あるいは、披瀝することでそれが叶わなくなってしまうのではないかと考えているところがあるのかもしれない。
そんな男だからか、大野氏と三遠から請われての移籍について聞かれると、恥ずかしさからなのか、上の言葉を述べるにしてもどこか心落ち着かないといった様子だった。自分のことをメディアに話すことが、得意ではない。
昨年のワールドカップに引き続き、パリオリンピック代表にも選出された吉井は、フランスでの3試合中2試合で先発出場し、平均30.6分もの間、コートに立った(平均5.7得点、同3.0リバウンド)。アルバルクでは1試合にわずか数分しか出場しないこともある、少し前まで無名だった男は、ただ長くプレーをしたというだけでなく、得意のフィジカルなディフェンスで、オフェンスリバウンドで、カットインでとこれまで積み上げてきたものをもって躍動した。
日本が全敗でグループフェーズ敗退という失望に終わった一方で、吉井の成長ぶりは痛快で、見るものに対しての清涼となった。アルバルクというトップレベルのチームにいたことも大きかったが、日本代表での経験なしに今の彼があったとは思えない。
請われて三遠に加入したことについて彼は「そういう選手になれて良かった」と話した。彼の中の矜持がこぼれ出た瞬間だった。だが、「なれて良かった」とまで言ってから、間ができた。あるいはそのまま続けて言おうかと思っていた言葉を、飲み込んだ様子だった。
「……まあ、今はそういうのはやめておきます。まだまだ僕自身はキャリアを長くしたいと思っているので、もっと自分の価値を高めるように、これからもっと頑張りたいです。エリート街道じゃなくても我慢することと継続することで道は開けるというのを僕や川真田紘也(長崎ヴェルカ)が体現できていると思うので、それをより良いものにしていきたいと思います」
大阪学院大学出身の吉井自身や彼と同様、関西学生リーグ所属の天理大でプレーをし、そこから2023年FIBAワールドカップのメンバーにまでのしあがった川真田などが、エリートの乗るのとは違う列車に乘りながらも、トップ選手として頭角を現してきた。彼らのようなキャリアの変遷を辿ってきたとしても、日本代表に選ばれるのだと証明した。
関東以外の大学指導者たちもレベルアップを目指してほしい
©Kaz Nagatsuka
おそらく吉井の中でも、ここまでよく耐え忍び、努力を少しずつ積み重ねてきたからこそ、山を麓から登ってこられたのだという感覚はあるはずだ。「そういう選手になれて良かった」は、その感慨が滲み出た言葉だったに違いない。
彼や川真田のような非エリートの残してきた実績は、日本のバスケットボール界に少なからず良い影響を与えているはずであり、吉井自身もそれについては素直に喜びを示した。
自身が手本となってトップレベルの学校などでプレーせずとも上に這い上がってこられることを日々の練習などから意識しているわけではないと、吉井は言う。ただ、「結果的に」(吉井)自分があとに続く人たちにとっての道標となっているならば、それはやぶさかではないと彼は付け加えた。
「(自分が)試合(に出る)とか、代表とかに入ることによって、例えば関東の大学の選手じゃない子たちがまだまだ夢を見られる環境になればいいなと。僕は関西の大学でバスケをしていたんですけど、関西のバスケと関東のバスケはレベルが違うということは感じてはいるので、関東のレベルに(近づくために)各地方が上がっていけばいいなとは思います。なので、選手だけじゃなくて大学の監督やコーチの方とか、もっと関東のレベルより上の、Bリーグのレベルくらいまで上げていってくださったら嬉しいです。そうなれば、もっと日本のレベル向上につながると思います」(吉井)
次の吉井は誰か、隠れた才能はいないか。我々も気がつけば、Bリーグや日本代表を見る時にそういう目で見てはいないか。
それほどまでに、吉井の示してきたものの衝撃は大きい。