©Kaz Nagatsuka
「もちろん、いらだっていたよ」
先月負った左足の故障のために、FIBAヨーロッパ選手権予選を戦うエストニア代表と、新体制で波に乗ることのできていない横浜ビー・コルセアーズの双方で試合欠場の続いたことについて問われたマイク・コッツァーは、このように話した。
もっとも、いらだっていたという心境は顔にさほど出ているようには見えなかった。
横浜BCに来てからの彼のプレーぶりを見ていて、著しく感情を露わにするところを見た記憶がない。コッツァーは成功率が56.1%とフリースローを苦手としているが、シュートを外してもリラックスする意図があるのだろうか、笑顔のような表情を浮かべるのも印象的だ。
「いや、私はずっとこういう人間だし、感情は自分の中にしまっておくように心がけてきた。落ち着いている人間であることでチームを助けられると感じているし、落ち着いた態度でチームメートたちに話しかけるようにもしている」
コッツァーは、そのように話した。エストニアには自身のように静かな人が多いのかと聞かれると28歳は「うん、そうだね」と短い言葉ながら、柔和な笑顔で返した。
身長209cm、体重122kgの優しき巨人が、コートに戻ってきたのは12月21日、ホームでの広島ドラゴンフライズとの連戦の初戦だった。コッツァーの言葉はすべてこの試合後のものである。
故障が癒えて出場が可能となってからコンタクトのある練習をしたのが試合の前日のみだったという。ロスターが揃っていれば彼が無理して出場しなくてもよかったのかもしれないが、18日のファイティングイーグルス名古屋戦で33得点を記録したチームのトップスコアラー、ゲイリー・クラークが体調不良により欠場したこともあり、コッツァーは約24分間、プレーをすることとなった。
競る展開の中で試合は終盤に向けて熱を帯びていったが、それはコッツァーのプレーぶりについても同様で、体躯を生かしたドライブインやリバウンディングはより激しさを増していった。
「コンタクトありの練習は昨日だけしかしておらず、自分らしいプレーができるようになるまで少し時を要してしまったけど、試合が進むにつれて慣れてきて、より攻撃的にいけるようになったんだ」
コッツァーはこう話した。ただし「やりすぎてしまってケガをしてしまった元も子もない」と、特徴とも言える冷静さだけは失わないように気をつけたそうである。
この試合で12得点を挙げたコッツァーだが、同時に5アシストもマークしている。コッツァーの今シーズンの平均アシスト数は3.8で、リーグのHPによればB1の200cmから209cmまでの身長の選手(つまりはビッグマンと呼ばれる選手たち)の中で第7位となっている(6位はチームメートのダミアン・イングリスの4.0)。ここまでの16試合の出場でコッツァーが5つ以上のアシストを記録した試合は5度ある。味方の得点のお膳立ても、彼の強みの1つとなっている。
聞けば、コッツァーはもともとポイントガードとしてプレーをしていたそうだ。合点がいく。
「身長が伸びるのが遅くて、14、15歳の頃はまだポイントガードだった。そのことが自分にポイントガード的な視野をもたらしてくれたし5番(センター)としてプレーをしていたとしてもポイントガードとして学んだことを生かそうと務めてきたんだ」
コッツァーは、静かな口調でこう語った。この14、5歳の時点の身長は177cmで、そこから2年後には2mに達していたという。彼がドイツでプレーをしていた3年ほど前の記事によれば、身長が伸びたことでまずスモールフォワードとなり、その後はパワーフォワード、センターを担うようになっていったそうだ。
横浜BCにとって今シーズンは新たな船出となる1年だ。チームは人とボールが動き続けるヨーロッパバスケットボールの志向を明確にし、ヘッドコーチにはフィンランド代表指揮官でその他、ヨーロッパでの指導経験の豊富なラッシ・トゥオビ氏を迎えた。
コッツァーの加入も、そうしたチームプロジェクトに沿ったものだ。コッツァーはこれまで、ドイツトップリーグ・ブンデスリーガのハンブルグ・タワーズとスペイントップリーグ・ACBのバスコニアに所属してきた。後者ではヨーロッパの頂点を決めるサーキット、ユーロリーグでも戦っており、計73試合の出場でうち57で先発を果たしている。
横浜BCのアシスタントコーチには、前エストニア代表HCのユッカ・トイヤラ氏が就任している。コッツァーのBリーグ入りは同代表で一緒だったトイヤラ氏の推薦だったのであろう。
ちなみに、エストニア代表は現在世界ランキング43位ながら上り調子だ。ヨーロッパ選手権予選ではここまで3勝1敗で、グループHの首位タイに位置している。2月の同予選ウインドウ1では同国史上はじめてリトアニアを破っている。コッツァーはこの試合で11得点、13リバウンド(うち6つはオフェンシブリバウンド)と勝利に寄与している。
コッツァーがアジアのリーグがプレーをすることは初めてだが、感情的にはならず柔和な雰囲気を漂わせるコッツァーと、日本人の選手やスタッフとの相性は良さそうだ。
BリーグのHPにあるコッツァーの「自分の武器」の欄には「バスケットボールIQ」と、そして「ゲン担ぎ・ルーティン」には「試合開始5分前に一人で座って考えをまとめること」記されている。アメリカ人ではなくヨーロッパ出身らしさを感じさせていなくもない。
多くのことが一新されまだ波に乗り切れていない横浜BCだが、彼らのバスケットボールの歯車が真に噛み合うようになるためには、ヨーロッパバスケットボールをもっとも体現するコッツァーの力が必要だ。