©Kaz Nagatsuka
東京都江東区青海に建設中のB1・アルバルク東京の新本拠地「Toyota Arena Tokyo(トヨタアリーナ東京、以下トヨタアリーナ)」のメディア向け建設現場見学会が1月15日、行われた。
2023年7月に始まった工事は今年6月の竣工へ向けて現段階で、工程の約75%が完了しているという。
75%と聞きけば大方が出来上がっている印象を持つかもしれない。確かに、建物の骨格はほぼ出来上がっている様子だったし、外観を見るとアリーナはすでに衣服を着終わってしまっているふうである。古いファンにとって楕円の形状自体はNBAロサンゼルス・レイカーズが1968年から1999年まで使用していたイングルウッドのグレート・ウェスタン・フォーラムを少しだけ想起させるところがあり、心踊らされるものがある。
もっとも、ヘルメットを頭に乗せ中に入ると、コートが敷かれているわけでも、中央から吊るされる予定の豪奢なセンタービジョンが設置されているわけでも、座席の備え付けが完了しているわけでもない。完成時にはおそらくBリーグ最高級のスペックを持つアリーナになるとはわかっているし、完成予想パースや動画も発表されてはいる。
が、まだ工事現場の範疇を抜けきらないアリーナ内に立って見ても、ここがどのようなエンターテイメント空間になるかと実際的に想像するのは容易ではなかった。
アルバルクや建築施工に携わっている鹿島建設からのプロジェクト概要説明を受けた後、ヘルメットを頭に載せたメディアの面々はアリーナ内へと誘われる。
瞬間的に抱いた感想は「小さいな」というものだった。トヨタアリーナは、バスケットボール試合開催時には約1万人の収容人数が予定されている(コンサート等では約8千人とのこと)。
事前にその数字が刷り込まれていたこともあって、また琉球ゴールデンキングス使用の沖縄アリーナや昨年開業した千葉ジェッツのららアリーナTokyo Bayといった収容1万人前後の建物を体験していたこともあったからだろうか、アリーナ内の空間はもう少し大きなものを想像していた(とりわけららアリーナとの比較では、こちらのほうが天井が高いからかずっと広く感じられた)。
だが、小さいことが悪いわけではない。スポーツで肝要なのは臨場感だ。臨場感は非日常感にもつながる。小さいという言葉がよくないか。ならばコンパクト、ではどうか。コンパクトということは、コートを近く感じるということである。
1万人を入れるという点。アルバルクは現状の本拠として使用している国立代々木競技場第一体育館においてもこの数字を何度も達成している。ただ、約60年前に完成した代々木と最新の箱であるトヨタアリーナでは、言うまでもなくプロスポーツを観る環境に大きな差異がある。
トヨタアリーナのスタンド形状は「楕円(オーバル)型」が選択されている。これによりすべての座席がコート方向を向くようになっており、観戦がしやすい設計となっているそうだ。ちなみに、沖縄アリーナや佐賀バルーナーズのSAGAアリーナは「八角形(オクタゴン)型」で、ららアリーナや神戸ストークスが使用予定のGlion Arena Kobe、名古屋ダイヤモンドドルフィンズが使用予定のIGアリーナなどはアリーナの一辺がコンサート等におけるステージ設置を想定し、スタンドがU字となっている「馬蹄型」が採用されている。
年間最大で30試合しかないBリーグのホームゲームだけでアリーナ運営の採算を取るのは容易ではないからこそ、馬蹄形を採用するアリーナが少なくないわけだが、アルバルクの林邦彦代表取締役社長は「スポーツ観戦にこだわって設計をした」と語っている。
それはなにも、先述したようなスタンドの形状のことだけを指しているわけではない。それ以外の面でも来場者をもてなすことに、妥協せずに取り組む姿勢を見せる。2026-27より始まるBリーグプレミア参入にあたってのアリーナ要件となっていたスイートルームは16室設置されることとなっているが、トヨタアリーナではこれ以外に6室の「テラススイート」を設ける。
スタンド3階レベルと上方から試合を眺める形となるスイートルームとは違い、テラススイートは2階レベルに作られる。部屋というよりもプライベート感がありながらも会場の臨場感を体感しやすいものとなっている(テラススイートとコートとの距離は約18mだそうだ)。6つの部屋はすべて異なるコンセプトを持ち、内装のデザインなどはそれぞれの特色を有することとなる。
その他、選手たちの入退場を間近で眺めることができる「プレーヤーズラウンジ」、ホテルクオリティの食事を楽しむことのできる「プレミアムラウンジ」など、ホスピタリティの面をかなり充実させるようだ。
アリーナの敷地内にはその他、ジョイントパークやコミュニティスペース、スポーツパークといった、試合開催日以外でも時間を過ごすことのできる屋外空間が設けられる。
同アリーナは土地所有がトヨタ自動車、建物所有がトヨタ不動産、そして運営がアルバルクと、すべてをトヨタグループで賄っている「一帯経営型」のプロジェクトだということが特徴だ。これは2023年開業した北海道日本ハムファイターズのエスコンフィールドと同様の形態となっており、これによりファンやクライアント等のニーズに応えやすい自由度を獲得できることになる。
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ようやく、城を手にすることとなる。
アルバルクはトヨタ自動車という大資本を後ろ盾としながら、これまで代々木第一体育館やアリーナ立川立飛、駒沢オリンピック公園総合運動場体育館などで試合興行を行ってきた。スポーツチームとは本来、一箇所にどっかりと腰を据えてその周辺地域のファンや支援者を徐々に増やしていくというのが定石なはずだが、アルバルクにはそれができていなかったように思われる。「私どもはホームアリーナを点々としてきた」。林社長はそう述べたが、転居を繰り返す年月と決別する時が来ることになる。
このことは、アルバルクというチームがアイデンティティを醸成したくともそれをしにくい環境に甘んじざるをえなかったことを意味する。東京という大都会だからこそファンベースの拡大の難しさについてチームは常に直面し続けてきたはずだが、どこで試合をしているのかが定まっていない状況は、そこに拍車をかけるだけだったはずだ。
しかし、トヨタアリーナが完成しアルバルクがここを文句なしに彼らの城とするようになれば、彼らの頭上を覆い続けた薄暗い雲はどこかへ流れていってくれるかもしれない。アルバルクといえばトヨタアリーナ、トヨタアリーナといえばアルバルクというシンプルな構造ができあがり、それが認知されていけばアイデンティティは安定して確固たるものとなっていき、それにともなってファンベースも拡大しやすくなるからだ。
「これからしっかり、ここをホームアリーナとしてクラブの価値を高めていくことがやっていかなきゃいけないなと、ちょっと気の引き締まる思いになりました」
林社長は、アリーナが完成間近であることについての感想としてこのように話した。
トヨタアリーナの完成はあくまで出発点で、そこからこの、おそらくリーグ屈指となるであろう宝箱を生かしながらいかにアルバルクというチームのアイデンティティを、換言すれば存在感を、都民を中心とした人々に示していくかが肝要だ。